「ハンバーグ 歴史」「ハンバーグ 由来 どこの国」と検索しているあなたは、身近すぎて意外と知らないこの料理の背景が気になっているのではないでしょうか。
群馬県伊勢崎市にある伊勢崎”唯一”のハンバーグ専門店「ニクノトモシビ」を訪れる前に、この料理がたどってきた道のりを知っておくと、一口の感じ方も変わってくるかもしれません。
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名前の由来はドイツの港町
ハンバーグという名前は、ドイツ北部の港町ハンブルクに由来するとされています。英語表記のハンバーグ・ステーキが、日本では短くハンバーグと呼ばれるようになりました。
つまり、ハンバーグとは本来「ハンブルク風ステーキ」という意味だったということです。料理名に都市の名前が入っている例は珍しくありませんが、ここまで原型から離れて定着したものは多くありません。
原型はタルタルステーキ
さらにさかのぼると、原型はタルタルステーキにあるという説が知られています。
タルタルという名は、中央アジアの遊牧民であるタタール人に由来します。彼らが硬い肉を食べやすくするために細かく刻んで食べていた、という話が元になっています。この生肉料理がドイツに伝わり、ハンブルクで人気を博したと言われています。
硬い肉を細かくして食べやすくする。この発想こそが、ハンバーグの出発点です。
アメリカで広がる
18世紀にハンブルクで定着したこの料理は、やがて移民とともにアメリカへ渡ります。
1876年のフィラデルフィア万国博覧会では、ドイツ系移民による料理店が多く出店し、ハンバーグが注目を集めたとされています。こうしてアメリカでも広く知られるようになり、後のハンバーガー文化へとつながっていきました。
日本に入ってきたのは明治時代
日本で初めてハンブルク風ステーキが提供されたのは、1882年、明治15年のことだとされています。日本初の料理学校である赤堀割烹教場の開校披露の席上で出されたという記録が残っています。
一般の人々が口にできるようになったのはもう少し後で、1902年、明治35年の讃岐鉄道の食堂車のお品書きに、ドイツ料理のフリカデレという挽肉料理が載っていたという資料が知られています。
明治の日本人が、鉄道の食堂車でこの料理を口にしていた。そう考えると、ずいぶん長い歴史を持つ料理だということが分かります。
家庭料理になったのは戦後
ハンバーグが日本の家庭に広がったのは、1960年代の高度経済成長期に入ってからです。
冷蔵庫の普及、挽肉の流通、そして食の洋風化。こうした条件が揃ったことで、ハンバーグは特別な料理から日常の食卓へと降りてきました。多くの人にとって「お母さんの味」として記憶されているのは、この時代以降の話です。
和風ハンバーグの登場
1970年代になると、醤油をベースにした和風ハンバーグが登場します。てりやきソースや、おろしポン酢といった味付けが広がり、ハンバーグは完全に日本化していきました。
洋食として入ってきた料理が、日本人の味覚に合わせて作り変えられていく。この流れは、カレーやラーメンとも共通する日本の食文化の特徴です。
そして今、専門店の時代へ
2020年前後からは、ハンバーグ専門店が次々と登場し、第4次ブームと呼ばれる盛り上がりを見せています。
特徴は、和牛100%でつなぎを使わない作り方と、ごはんとの組み合わせを重視する姿勢。そして、客が自分で焼き上げるという体験型のスタイルです。家庭料理として定着したハンバーグが、今度は「家では再現できないもの」として外食に戻ってきたとも言えます。
ニクノトモシビという現在地
群馬県伊勢崎市の「ニクノトモシビ」も、この流れの中にあります。
A5ランクの国産和牛と厳選した牛タンを使用し、肉は毎朝店内で挽き、注文が入ってから一つひとつ手で成形。牛肉100%、つなぎは一切使いません。パン粉や卵、牛乳を加えないという選択は、肉そのものの品質で勝負するという意思表示です。
そして各テーブルには個人用の鉄板があり、炭火で自分好みの焼き加減に仕上げます。「ひとりじめハンバーグ専門店」という名称は、このスタイルを表したものです。
「刻む」という原点に立ち返る
興味深いのは、現代の専門店が向かっている方向が、どこか原点に近いという点です。
タルタルステーキは、硬い肉を食べやすくするために刻んだ料理でした。つなぎで量を調整するのではなく、肉そのものをどう美味しく食べるかという発想です。
つなぎを使わず、挽きたての肉を手で成形するという作り方は、まさにこの原点に近い考え方と言えるでしょう。数百年の時を経て、肉を刻んで食べるという行為の価値が見直されているのかもしれません。
歴史を知ってから食べる
牛タンハンバーグは粗挽きならではの弾力ある食感、A5ランク和牛ハンバーグはきめ細やかな霜降りが特徴です。両方を一皿で楽しめるセットもあります。
平日ランチなら牛タンハンバーグ1,800円、和牛とのセット2,500円、A5ランク和牛ハンバーグ4,200円。土日祝とディナーはそれぞれ2,200円、2,900円、4,600円です。
ドイツの港町から始まり、アメリカを経て明治の日本に届き、家庭料理となり、そして今また専門店で焼かれている。そんな歴史を思い浮かべながら食べる一皿は、いつもと少し違って感じられるはずです。
ソースにも歴史がある
ニクノトモシビのテーブルには、シャリアピンソースと特製ポン酢の2種類が用意されています。このうちシャリアピンソースにも、興味深い由来があります。
1936年、東京の帝国ホテルで、ロシアの声楽家フョードル・シャリアピンのために考案された料理がシャリアピンステーキです。歯を痛めてステーキが食べられなくなった彼のために、料理長がすき焼きから着想を得て、すりおろした玉ねぎに肉を漬け込むという方法を生み出しました。玉ねぎの酵素には、肉を柔らかくする働きがあります。
つまりこのソースもまた、日本で生まれた洋食です。ハンバーグという輸入された料理に、日本生まれのソースを合わせる。一皿の中に、二重の歴史が折り重なっています。
「焼きすき」という新しい章
ニクノトモシビでは、ディナータイム限定で新メニュー「焼きすき」も提供されています。A5ランク和牛の肩ロースを鉄板で焼き、割り下を注いで卵を絡めて食べる一皿です。
すき焼きという日本の料理の発想を、炭火焼き専門店の技術と組み合わせる。これもまた、食文化が交わりながら新しいものを生み出していく一例と言えるかもしれません。牛タンハンバーグ・和牛ハンバーグ・焼きすきのセットで3,900円、デザートセット付きなら4,500円です。
誠実にお伝えしたい注意点
ハンバーグの起源については諸説あり、ここでご紹介したものが唯一の説というわけではありません。タルタルステーキ起源説についても、学術的に確定したものではないとされています。
歴史には解釈の幅があるという前提で、読み物としてお楽しみいただければと思います。
店舗情報とアクセス
ニクノトモシビは群馬県伊勢崎市昭和町1689-4に位置し、20台分の無料駐車場を完備しています。ランチは11:00から14:30(ラストオーダー14:00)、ディナーは平日17:30から21:30、土日祝は17:00から21:30(ラストオーダー21:00)まで営業しており、年中無休です。
よくある質問
ハンバーグはどこの国の料理ですか。名前はドイツの港町ハンブルクに由来するとされています。原型はタルタルステーキという説が知られています。
日本にはいつ入ってきましたか。1882年、明治15年に提供された記録が残っているとされています。家庭に広まったのは1960年代以降です。
つなぎを使わないハンバーグとは何が違いますか。パン粉や卵、牛乳を加えないため、肉の味がダイレクトに感じられ、粒立ちのある食感になります。
まとめ|長い旅路の先にある一皿
ドイツの港町、アメリカの万博、明治の食堂車、昭和の家庭の食卓、そして現代の専門店。ハンバーグは、長い時間をかけて今の形になりました。
ぜひ伊勢崎のニクノトモシビで、その歴史の先端にある一皿を味わってみてください。自分の鉄板で焼き上げる体験は、きっとこの料理の新しい一章です。
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